前3両、分散冷房。

東急に心を奪われ、広島に魂を捧げた撮り鉄の頭の中が垣間見えます。

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人生を変えた旅

 数年前、広島の車両の写真を撮りに行こう!と思った私は青春18きっぷを手に、鈍行を乗り継いで西へ向かいました。朝五時の始発で故郷を離れ、広島に着いたのは夜九時。米原で新快速に乗ったところから、他の乗客の話す言葉ががらりと変わったことが印象的でした。
 しかし最も印象に残ったのは、最後に西条で乗り換えた時のことです。相生から乗っていた岡山車を降り、西条折り返しの後続列車を待っていました。しばらくして上ってきたヒロL編成が到着し、扉を開きました。十数時間の旅の末、初めて乗る広島支社の編成です。扉が開いた瞬間、何だか「よく来たね、広島にようこそ」と言われた気がして、とても嬉しくなりました。
 そしてその列車が向洋に着いたとき、糸崎行快速の幕を掲げ、大勢の乗客を乗せて上り線を駆け抜けていったのがB09編成でした。真っ暗な中に戸袋窓が煌々と…
 その旅が、広島に傾倒するきっかけだったのかもしれません。
  1. 2011/02/14(月) 16:08:09|
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国鉄電車編成表

 ネットで注文していた古い編成表が届きました。JRRの「国鉄電車編成表」83年版と86年版です。JR化後ならともかく国鉄時代の編成表ともなると、神保町でも滅多に出てきません。復刻版に期待したいところです。特に78年版、シティ電車登場前で色々と面白そうなんですが…二度目の復刻はないものか。
 前者はまだ広セキに111系や153系がいたころのもので、ちょうど調べていた113系大タツ車の組換え前の編成も分かったのでいい買い物だったと思います。
 後者は復刻版が出た85年版と61.11.1改正版の間に刊行されたもので、次の号では姿を消してしまう111系セキ車が少し残っています。一号抜けるだけでも車両動向の解釈にかなり誤りが生じるので、編成表蒐集はやめられません。
 RPやRFにもごくたまに編成表が載っていることがあり、それでJRRの編成表の隙間を補完することができます。しかしこちらは目録に表れず、古本屋で頁を繰るまで存在が分からないのが辛いところです。
  1. 2011/02/08(火) 13:13:51|
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201

 この記事が201件目らしいので、201系の写真を引っ張り出してきました。
07.11.18 4T126
07.11.18 撮影 東京にて
 203系にも通じる独特の加速音が好みです。私は中央線にほとんど乗らなかったので201系の世話になることもほとんどなく、外堀通りを歩いているときに傍らを通り過ぎていくのを見て「今日も元気だなあ」と思うような、それくらいの付き合いでした。
  1. 2010/10/24(日) 21:00:56|
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分散冷房、起動

 このブログは、私が自身の趣味である鉄道写真やその他様々なことについて
書き綴るものです。
内容は必ずしも統一性を持たず、ご覧になった皆様を混乱させてしまうことがあるやもしれません。
「お前の本職は何なんだ」と。
それでも、どうか寛大な心で私の拙文をお読みくださればと思います。

 ではまず、タイトルの由来について。
これは単に私の嗜好です。
屋根の中央にちょこんと装置を載せた集中冷房車ももちろんですが、
屋根全体にくまなくユニットを搭載し、床下から屋根上までびっしりと機器を搭載した感のある分散冷房車の方が好きなのです。
さらに言えば、編成全体が分散冷房車で統一されるよりも、集中冷房車を混成して編成に変化が付く方が趣深い。
姿かたちの異なる者同士が力を合わせて頑張る姿は、見ていて嬉しくなります。
「前3両」には、このあたりが反映されています。
3両という数字に深い意味はありません。響きが良かったからです。
そんな編成に、パンタ付きクモハを先頭にした長編成で迫ってこられたら…悶死ものです。
  1. 2010/02/27(土) 18:36:38|
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